コラム:近づくドル円のピーク、来年はむしろ円高に要警戒=尾河眞樹氏

コラム:近づくドル円のピーク、来年はむしろ円高に要警戒=尾河眞樹氏
 ドル円は一段と上昇し、150円の大台が視野に入りつつある。ただ、今のところ大きなサプライズはない。10月14日、都内で撮影(2022年 ロイター/Issei Kato)
尾河眞樹ソニーフィナンシャルグループ執行役員兼金融市場調査部長
[東京 18日] - ドル円は一段と上昇し、150円の大台が視野に入りつつある。ただ、今のところ大きなサプライズはない。日米実質金利差(10年)とドル円の相関性から試算すれば、ドル円は既に150円に達していてもおかしくない状況だ。
今のところ、政府・日銀の追加介入に対する警戒感がこれを阻んでいる。9月22日に24年ぶりの円買い介入が実施されてからほぼ2週間、ドル円は高値圏でのレンジ相場が続いた。
神田財務官が「過度な変動には断固たる措置を取る」と述べている通り、今回の介入はドル円を押し下げたり、トレンドを円高に変えようというよりは、ボラティリティの抑制が目的だった。足元ドル円が再び騰勢を強めているものの、依然、日米実質金利差の拡大に追いついていない事実を踏まえれば、介入はそれなりの効果を発揮していると言えよう。
<目先じり高>
ただし、ドル円は目先じりじりと上昇する可能性は高そうだ。9月の米消費者物価指数(CPI)を見る限り、米国のインフレ圧力はまだ大きい。総合指数は前年比8.2%と僅かながら伸びが減速したものの依然として高止まっており、変動の激しい食品とエネルギーを除くコア指数は前年比6.6%と、前月の同6.3%からむしろ加速していた。
驚くのはCPIの約3割を占める家賃が依然として右肩上がりであることだ。9月CPIの住居費(帰属家賃と家賃)は前年比6.6%と、8月の6.3%から加速。米長期金利の上昇によって中古住宅販売件数が大幅に減少するなど、米住宅市場にも減速感はある。しかし、住宅価格はまだ高水準を維持しており、家賃の上昇にも歯止めがかかっていないようだ。家賃上昇率が明確に低下し始めるまではサービス価格の上昇率は低下し難く、財の価格が落ち着いた後も、米国のインフレはしばらく高止まりしそうだ。
<150円トライ>
9月のCPIの結果を受けて、米期待インフレ率(10年ブレークイーブンインフレ率)は2.4%台へとじわり上昇した。このため、米10年債利回りが4.0%台に乗せたにもかかわらず、名目金利から期待インフレ率を除いた米実質金利は1.6%付近に止まっている。
利上げによる金融引き締め効果を発現させるためには、米連邦準備理事会(FRB)はタカ派的なスタンスを市場に示すことにより、米実質金利を一段と引き上げようとするだろう。12日に公表された9月のFOMC議事要旨では、多くのメンバーが「インフレを引き下げるための措置が少なすぎることのコストは、多くの措置を実施しすぎることのコストを上回る可能性がある」との見解で一致していた。
FOMCメンバーが、今後そろって明確にタカ派のメッセージを発信し続け、11月も75Bpsの利上げが実施されれば、米実質金利がもう一段上昇するタイミングで、ドル円は150円をトライする公算は大きい。
ただ、おそらくその辺りまでくると、今回のドル円の上昇トレンドも、ほぼピークに近づいてくるのではないか。米実質金利が米潜在成長率(2.0%弱)をいずれ上回るとすれば、米国経済は来年後半にも景気後退に陥る可能性が高い。
歴史的に見ても、そのような局面では米国は決まって景気後退入りしてきた。既に、9月の米ISM製造業景況指数が、景気拡大と縮小の分かれ目である50.0すれすれの50.9まで低下するなど、明らかに弱い経済指標も目立ってきた。前述したとおり、インフレが明らかに減速するまでには、今しばらく時間がかかりそうだ。ただ、市場が「期待」で動くことを考慮すれば、今後発表される米経済指標で更に悪化傾向が目立つに連れ、来年にかけてはドル円の上昇圧力も徐々に後退し、下落に転じるとみている。
<米中間選挙は影響限定>
なお、11月の米中間選挙によるドル円相場への影響は限定的となりそうだ。仮に上下両院で共和党が過半数を取るようであれば、バイデン政権にとっては政策推進がより困難になるとの見方から、一時的に米株価が下落したり、ドル円が下落する可能性はあるだろう。
しかし、バイデン大統領の支持率は、7月ー9月にガソリン価格が下落したことで幾分持ち直しているものの、依然として43%台(Real Clear Politics)で低迷。足元ガソリン価格が再浮上していること、今後米景気減速感が強まりそうであること、米株価の下落などを踏まえれば、今後著しい支持率回復は見込みにくく、中間選挙の結果にかかわらず、いずれにせよバイデン政権はレームダック化する公算が大きい。
パウエル議長の舵取りが続くなか、FRBのインフレ抑制姿勢も変わることはないだろう。政策面では、今年8月にバイデン政権下で可決した「インフレ抑制法案」が実行されることになる。今後10年間で財政赤字を約7370億ドル削減し、それを原資としてエネルギー安全保障や気候変動の分野に投資するという内容だ。
しかしこれもドル相場への影響は限定的だろう。ネットでみると、10年間で約3000億ドルの財政赤字削減効果があるが、徴税強化などによる歳入増加による赤字削減効果は、ほとんどが27年ー31年に現れるとみられる。昨年11月に成立した5年で5500億ドル規模の投資を含む「インフラ投資・雇用法」と併せると、この数年間でみれば、財政赤字削減効果やインフレ抑制効果は限られよう。
<来年は円高に反転130円付近も>
来年米景気悪化が顕著になるとすると、23年は通年でドル円が下落基調になるとみている。ただ、弱いのはドルだけではない。欧州、英国なども問題山積で、円に対しては弱含む可能性がある。また、本来ドル安は新興国通貨にとってはポジティブである一方で、米国がリセッションに陥れば、資源価格は下落し、資源国通貨も下落しよう。また、新興国通貨は一般的に市場心理の悪化に弱いため、米景気後退によって市場全体が「リスクオフ」に傾けば、結局対円では下落するかもしれない。
日銀は来年、イールドカーブ・コントロール(YCC)の修正に踏み切るとみられ、これらを踏まえれば、むしろ来年は円が一時的に独歩高となるリスクを見ておく必要がありそうだ。とはいえ、来年通年でみても、ドル円の下落は130円付近、2025年までのスパンでみても120円をやや割り込む程度にとどまるとみている。米国の景気後退は1年ほど続く可能性はあるものの、比較的浅いと思われるため、米実質金利が再びマイナス圏に陥るほどの大幅利下げの必要はなさそうだ。
過去30年程度の超長期で円の名目実効為替レートと日銀短観を重ねてみると、大企業製造業、中小企業製造業、全国企業全てにおいて、円高時には景況感が悪化し、円安時には景況感が改善するという、負の相関関係がある。今年はあまりにハイペースな円安に悩まされた1年間となったが、来年はむしろ円高にひやりとさせられる場面もあるかもしれない。
(編集 橋本浩)
*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
*尾河眞樹氏は、ソニーフィナンシャルグループの執行役員兼金融市場調査部長。米系金融機関の為替ディーラーを経て、ソニーの財務部にて為替ヘッジと市場調査に従事。その後シティバンク銀行(現SMBC信託銀行)で個人金融部門の投資調査企画部長として、金融市場の調査・分析、および個人投資家向け情報提供を担当。著書に「本当にわかる為替相場」「為替がわかればビジネスが変わる」「富裕層に学ぶ外貨投資術」などがある。
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