【解説】「ソーラー飛行機で世界一周達成」の意義

24時間稼動可能な電力システムなど先端技術が結集、エネルギー分野への応用に期待

2016.07.28
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世界一周の締めくくりに、エジプトのピラミッド上空を旋回するソーラー・インパルス2。(PHOTOGRAPH BY JEAN REVILLARD, SOLAR IMPULSE2/GETTY)
世界一周の締めくくりに、エジプトのピラミッド上空を旋回するソーラー・インパルス2。(PHOTOGRAPH BY JEAN REVILLARD, SOLAR IMPULSE2/GETTY)
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 7月25日、太陽エネルギーだけで飛ぶ飛行機「ソーラー・インパルス2」は、液体燃料を一切使わずに初の世界一周飛行を成し遂げた。これによってすぐにでもソーラー旅客機が出てくるわけではないが、今回の偉業は着実に来たるべきエネルギーの未来を示している。

 パイロットのベルトラン・ピカール氏とアンドレ・ボルシュベルグ氏は、17カ月かけて17都市に立ち寄りながら、太陽の力で約4万3000キロの距離を飛行した。最終目的地アブダビに着陸したのは、1932年に女性として初めて大西洋単独横断飛行を果たしたアメリア・イアハートの誕生日の翌日だった。(参考記事:「ソーラー飛行機、世界一周の旅へ」

 イアハートやチャールズ・リンドバーグなど歴史に名を残す飛行士たちと肩を並べる偉業といえるが、ソーラー・インパルス2の成功は航空よりもエネルギーの分野でより大きな意味を持つ。(参考記事:「ソーラーインパルス2、初の大西洋横断へ離陸」

 12年前に計画を明かしたピカール氏は、クリーンエネルギーには、人々に直接訴えかけて行動を起こさせる「プロモーショナル・マーケティングを強力に推し進めてくれるものが欠けている」と語っていた。ソーラー・インパルス2こそ、その役割を担うものだと支援者たちはいう。世界のエネルギー消費を半分にカットでき、地球を温暖化から守れる技術を象徴する空飛ぶマスコットだと。

目覚ましい偉業

 カナダのトロント大学航空宇宙学研究所の副所長クレイグ・スティーブス氏は、ソーラー・インパルス2には数多くの先端技術が採用されており、数年前なら現在のような形にするのは不可能だっただろうと説明する。「確かに、大変目覚ましい技術的偉業だと思います。航空宇宙産業が進もうとしていた道のはるか先まで到達しています」

 とはいえ、現在旅客機に期待されているだけの輸送能力とスピードをソーラーエネルギーだけでまかなえる飛行機は、まだ現実的ではない。「私が生きている間は確実に無理でしょうね」と、スティーブス氏。ソーラー・インパルス2はパイロット1人しか乗せられず、平均時速は75キロ。自動車とほぼ変わらない。

「ソーラー・インパルス2が実証した技術の多くは、航空機よりも先に地上での様々な分野に適用されることになるでしょう」と、スティーブス氏は予測する。

 確かに、ソーラー・インパルス2の機体に採用された軽量素材や部品類は、地上の乗り物や電力供給網で使えそうなものが多い。きわめて高効率なモーターは、1万7248個の太陽電池によって動いている。特殊なバッテリーに太陽エネルギーを蓄電することで、夜間飛行も可能にした。

 変圧器や電気自動車の充電スタンド等を製造するABB社の特別プロジェクト部長コナー・レノン氏は、「ソーラー・インパルス2は、再生可能エネルギーのみで24時間働き続ける電力システムが可能であることを実証してくれました」とコメントした。(参考記事:「日本はどう?再生可能エネルギー普及、世界で加速」

 レノン氏によると、ABBの技術者4人がソーラー・インパルス・プロジェクトに携わり、ソーラーパネルから電力を最大限に引き出し、バッテリーを満タンに保つ技術の開発に取り組んできた。ソーラー・インパルスの電池は、通常の電池に比べて50%近く効率が良い。

NG MAPS SOURCE: SOLAR IMPULSE
NG MAPS SOURCE: SOLAR IMPULSE
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他分野への応用が期待される技術

 ソーラー・インパルス2の出発地点と最終到着地点には、アラブ首長国連邦アブダビのマスダールが選ばれた。ここは持続可能テクノロジーの実験場として建設されている都市で、町を挙げてソーラー・インパルス計画を支援してきた。「アブダビでは、誰もがソーラー・インパルスに夢中です」。マスダール社の最高経営責任者モハメド・ジャミール・アル・ラマヒ氏はいう。「国としても大変名誉なことです」

 とりわけ、118時間に及んだ太平洋横断の成功は「ソーラーパネルが集めた太陽エネルギーを蓄電して夜間に使用することはできないという神話を崩しました」と、アル・ラマヒ氏は言う。

 この技術も、まずは地上で運用される可能性が高い。電力会社は、再生可能エネルギーの供給割合を高めていきたい一方で、太陽光や風力エネルギーが継続的に確保できないというジレンマを抱えている。(参考記事:「再生可能エネルギーだけの未来は来るか」

「一定量の電力を安定的に供給できるベースロード電源として太陽光を利用する方法を探ろうとしているところです」と、アル・ラマニ氏。

 ソーラー・インパルスのチームも、同機の効率的なモーターが他の動力装置の参考となる可能性を指摘している。さらに、軽量で超強力なLEDライトと断熱材は住宅資材に使えるほか、センサーやデータ収集機器は別のタイプのエネルギー管理システムへ応用できる。

進化する飛行機

 もちろん地上だけでなく航空産業でも、同様の軽量素材や、よりすぐれた制御方法、その他の効率性改善に取り組んでいる。

 国際クリーン交通委員会で海洋航空技術プログラムのディレクターを務めるダン・ラザフォード氏は、クリーンエネルギーの認知度を高めるためにソーラー・インパルス2が一役買ってくれることを期待するが、スティーブス氏が言うように、すぐにでもソーラー旅客機が登場するとは考えていない。ソーラー・インパルス2は、ソーラーパワーということだけでなく、燃焼式、油圧式の代わりに電力を使った点についても意義があると、ラザフォード氏は指摘する。

「航空機の電化はすでに進められています」。ラザフォード氏はその例として、ボーイングのドリームライナーを挙げた。同機は、補助システムやコンピューターへ電力を供給するバッテリーを搭載している。(参考記事:「飛行機にも電化の波? NASA試験機」

 従来の枠を超えるソーラー・インパルス2の革新的技術と、現在運用されている最先端旅客機の間には、「確かに重なる部分があります」とラザフォード氏は言う。

文=Christina Nunez/訳=ルーバー荒井ハンナ

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